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arsya*miinya

「Chomoko diary of the Ascension」
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2014年7月3日木曜日。

今日は、父、神田隆平の8回目の命日。

今朝、4:38に目が覚めて、

「あれ?お父さんが亡くなった時間って何時だっけ?」

と、考え出したら止まらない。

昔の手帳を引っ張り出し、時間が書いてあるトコを探した。



「am 6:44 永眠」


当時は朝、病院に呼ばれて家族でかけつけ、

多分もうその時には父の意識はなかった。

吸入器?をつけて、かろうじて細い呼吸を繰り返している。

なんだか、よくテレビドラマや映画で見るシーン。

しゃべれないし、なんだかよくわかんないし、そこにずっといるのはつらくて

わたしは、病室の中に長くいられなかったという記憶。

昨日まで、話せてたのに、

おとといは、おねえちゃんの結婚式にいけたのに、

その前は、自分でがんばってひげそりできたよって言ってたのに。

なんか、ホントに、人が死んでしまう瞬間を初めて見た私は

やっぱり、意味がわからなかった。




8年目の今日は、どうか。

昨年は、何を考えていたのか気になって、ブログを見返す。

http://arsyamiinya.pazru.com/Entry/49/


やはり、命について、考えていた模様。

今年は、涙は出ない、、な。

死や悲しみについて書くのは今回はやめようかな。



今日は、「父の生」について。

55歳と5ヶ月という命を全うした父、神田隆平。

豊橋市で、オールB型、4人兄弟の末っ子として、わんぱくに育つ。

1つ上の兄の背中を追い続け、

海上自衛隊などで、若き日々は海と共に過ごす。

海上自衛隊をやめ、船乗りをしたかったけど、

オイルショックなどで、乗る船がなくなったとよく言っていた。

ちなみに、自衛隊の時代に、船底?のエンジンルーム、爆音の中で働いていたため、

耳がとても悪かった。耳が悪いので、声がホントに大きかったなぁ。

内緒話ができない人ね。

自衛隊時代に、一度視力が落ちていてメガネをかけていたけど、

毎日船から星空を見ていたら、視力がよくなって、ほんとにメガネなしで生きていた。

最後は老眼がきてたけど。

そこから、庭師、ピアノの営業、教材の営業、美容材料の営業、などなど、

なんだかホントに職業をよく変えていたらしい。

33歳で美容師になるまでは。お金を稼ぐために、一生懸命家族のためにがんばった。

あ、もちろん33歳からの美容師ライフも、父にとっては最大の転換期だったのかなぁと思う。

3人の子どもを育てるって、きっと大変だったんだろうなぁと、

親になった今なら、わかる。


娘の私が言うのはおかしいけど、

ホントに「愛嬌の塊」のような人で、みんなに愛されていた、と、思う。

家族にとっては、ワンマンで恐くて、なに考えてるかわかんない。

ほんと振り回されちゃって怒れるーー!

ってイメージだったけど。

外の顔は、いつもニコニコ、楽しいおじちゃんって感じ。

今思うと、それが父の「メリハリ、オンオフ、陰の顔と陽の顔」だったんだな。

自分が大人になるにつれ、

父を分析できるのも、なかなかおもしろい。

自分がその状況にならないとわからないってことは多い。


「いつも夢をもちなさい。」

と、未来に夢を抱くことを、伝えていた。


本人も、果てしなく「やりたいこと」が沢山あったから、

それを叶えるために、いつもいつもなんか妄想してたな。

毎日のように喫茶店へいき、タバコをすい、漫画を読んでた。

あ、一緒によく漫画喫茶にも行ったなぁ。

結構歴史漫画が好きだったみたいで、漫画から得た知識を子ども達にも伝えてた。

漫画も含め、読書がホントに好きだった。

父も母も、とにかく本屋さんが好きで、本はたくさん。

昔の父が読んだ本を、今はわたしのダンナさんが読んだりもして、そういうのもうれしいこと。


今のわたしがそっくりなんだけど、

常に脳は働きっぱなし。

常になにかを考えている。

そしてカタチにするのが好きだった。



必ず、願いは、カタチにする。


行動あるのみ。



神経が細かくて、ストレスもためやすかったので、

女性がなりやすい「メニエール病」になって、

数ヶ月療養したり、旅に出てリフレッシュする時期もあった。



普段は喫茶店や、山登り、信州へドライブ、海外旅行。

仕事も遊びも家族サービスも、いつも全力だったなぁ。



もちろん、父の55年をここに書ききることはできないし、

わたしが知らない父もいっぱいだろう。


今朝思い出した父親像はこの辺りでやめておこうかな。


エンドレス!!!!




と、いうわけで、今日の晩御飯は

父の得意料理「釜揚げうどん」に決定!


わたしも、いつか息子達が成長し、母を想うとき、

このブログを読んで、パワーがもらえたらいいなと、おもう。




8回目の命日は、こんなことを想いました~







 

また、この写真。。



















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